【2026年現地ルポ】鈴鹿の険峰から湖東平野の豪雨まで——激変する災害現場で「東近江の消防」が切り拓く先端レスキューの最前線
東近江 消防の通信指令室には、張り詰めた沈黙の中に無線機の変調音だけが響いていた。壁一面のマルチモニターには、鈴鹿山脈の尾根沿いに吹き荒れる局地風のデータと、湖東平野を走る名神高速道路の交通カメラ映像がリアルタイムで明滅する。東近江市、日野町、竜王町、愛荘町という、山岳から水田地帯、内陸工業団地までを含む広大な1市3町。ここを守る東近江行政組合消防本部の隊員たちは、2026年を迎えた今、気候変動と少子高齢化が同時多発的にもたらす未曾有の危機と対峙していた。
全国的に救急出動件数が過去最高を更新し続けるなか、過酷な自然条件と産業インフラが交差する東近江 消防の管轄エリアでは、単なる火災消火の枠に収まらない多次元的な対応が求められている。鈴鹿の登山道での心肺停止事案から、工業団地におけるEVバッテリーの特殊火災、そして毎年のように脅威を増す愛知川(えちがわ)水系の氾濫危機まで。地域住民の生命線を支える現場で、いま何が起きているのか。その知られざる舞台裏を取材した。
鈴鹿山系での遭難急増にドローンとAIで立ち向かう山岳救助
御在所岳や雨乞岳、日本コバ——。近畿・中京圏からのアクセスが良い鈴鹿山脈北部は、四季を問わず多くのハイカーで賑わう一方、滑落や道迷いによる救助要請が後を絶たない。特に近年の登山ブームと高齢登山者の増加は、救助隊にとって過酷な負担となっている。
急峻な谷筋での捜索活動は、これまで隊員の足と経験に依存する部分が大きかった。だが、日没後の二次遭難リスクや悪天候は容赦なく捜索の手を阻む。そこで導入が進んだのが、赤外線サーマルカメラを搭載した捜索専用ドローンと位置情報共有アプリの連携だ。樹林帯のわずかな隙間から体温を検知し、遭難者の正確な座標を救助隊のタブレットへ数秒で転送する。現場の隊長は「かつて数時間を要した発見までの時間が、わずか数十分に短縮された事例もある。だが、最終的にロープを担いで崖を降りるのは人間だ」と語り、テクノロジーと肉体訓練の融合こそが命を救う鍵だと強調する。
救急車の逼迫を防ぐ「スマート119」と映像通報システムの現場

管内を走る救急車のサイレンは、もはや止むことがない。軽症者の安易な救急利用や独居高齢者の体調急変などによる「救急車の逼迫」は、東近江地域でも深刻なフェーズに突入している。本当に一刻を争う重症患者への現場到着時間が数分遅れるだけで、生死の明暗が分かれてしまう。
この限界状況を打開するため、本格運用されているのがスマートフォンを活用した「映像通報システム(Live119)」だ。通報者のスマホカメラを通じて、指令員が患者の呼吸状態や出血具合を直接目視確認。電話口で心臓マッサージの正確なテンポを指導しながら、出動途中の救急隊へ「重症度ランク」を瞬時に共有する。現場に到着する前の段階から高度なトリアージが始まることで、搬送先医療機関の選定ミスを激減させる成果を上げている。
激甚化する風水害——愛知川流域を護る水防ネットワークの再編
「これまでの経験則が通用しない雨が降る」。古くから鈴鹿の伏流水と豊かな水資源に恵まれてきた湖東平野だが、線状降水帯の頻発は愛知川や日野川の水位を一気に警戒水域へと押し上げる。
内水氾濫のリスクを抱える低地集落や新興住宅街を守るため、消防本部では水位センサーの超高密度配置と、ドローンによる河川上流部の土砂崩れ兆候監視を一体化させた。さらに、町内会や自主防災組織と消防署がリアルタイムで避難誘導状況を共有するデジタルハザードマップを整備。逃げ遅れゼロを目指す取り組みは、ハード面の治水工事だけでなく、泥臭い地域連携のアップデートによって支えられている。
人口減少下の消防団クライシス:若手・女性・企業の巻き込み戦略
地方都市共通の重い病巣である「消防団員のなり手不足」。東近江エリアも例外ではない。日中の働き手が都市部や大企業へ流出するなか、いかにして地域の初期消火能力を維持するかは死活問題だ。
危機感を強めた消防本部は、従来の「詰め所に集まって訓練する」固定観念を捨て去りつつある。地元進出企業との協定により、勤務時間中の出動を公認する「機能別消防団」の拡充や、救命講習・広報活動に特化した女性団員の積極登用、さらには大学生ボランティアを巻き込んだ防災インフルエンサー育成など、参加のハードルを下げる試みが次々と打ち出されている。「自分たちの町を自分たちで守る」という原点を、令和のライフスタイルに合わせて再定義する挑戦が続く。
EV火災や先端工場リスクに対応する高度装備と人材育成
名神高速道路のインターチェンジを擁し、自動車産業関連のメガサプライヤーや先端素材工場が多数立地する竜王町・東近江市エリア。そこには、都市部とは異なる特有の災害リスクが潜んでいる。
急速に普及したEV(電気自動車)のリチウムイオンバッテリー火災は、一度熱暴走を起こすと大量の注水を長時間続けなければ鎮火しない特殊性を持つ。また、半導体関連工場で扱われる特殊化学物質の漏洩事故など、危険物災害に対する装備も劇的に高度化された。隊員たちは特殊防護服を身にまとい、VRシミュレーターを用いた有毒ガス拡散予測訓練を日常的に繰り返す。地域の経済基盤を支える産業インフラの防壁として、消防の専門性は極限まで研ぎ澄まされている。
「1秒でも早く」を支える地域コミュニティと私たちにできる備え
プロの消防隊がどれほどハイテク武装し、研鑽を積んだとしても、現場に駆けつけるまでの「空白の数分間」を埋められるのは、その場に居合わせた市民しかいない。
東近江消防本部が今最も力を入れているのは、住民一人ひとりに対するAED使用法や応急手当の普及、そして「救急車を呼ぶべきか迷ったときの相談ダイヤル(#7119)」の定着だ。万が一のときにパニックに陥らず、的確な通報と初期行動ができるかどうかが、救急隊の救命率を底上げする。日頃の家具転倒防止やハザードマップの確認といった足元の備えこそが、過酷な現場を走る消防士たちへの最大の支援となる。 (出典: 東近江 消防(Yahoo!ニュース))