「キス・ペッティング・セックス」の段階論はなぜ消えないのか? 2026年に再燃するレトロ恋愛コードの深層
恋 の abc とは、かつて日本の若者文化を席巻し、今なお大衆心理の底に潜み続ける恋愛の「段階的進展」を指す隠語だ。Aはキス、Bはペッティング(身体への接触)、そしてCは性交渉。1980年代から90年代にかけてテレビや少女漫画、深夜ラジオを通じて定着したこのアルファベット順のステップは、当時の思春期にとって関係性の現在地を測る絶対的な物差しだった。マッチングアルゴリズムとタイパ至上主義が支配する2026年の今、この前時代的なプロトコルが再びSNSや若者の日常会話に顔を覗かせている。
深夜のバーや大学のキャンパスで耳を澄ませば、昭和世代が懐かしむ文脈とは明らかに異なるニュアンスで、恋 の abc とは何だったのかを問い直す声が聞こえてくる。効率化された現代の出会いにおいて、かつてのような「段階を踏むもどかしさ」が逆説的なエモさやコンテンツとして消費されている側面は否定できない。だが、それは単なるレトロブームの消費なのだろうか。それとも、曖昧模糊とした現代の人間関係に対する、ある種の反動なのだろうか。
昭和の遺物か、普遍のコードか:元祖「A・B・C」が辿った半世紀

歴史を巻き戻してみよう。このフレーズの起源には諸説あるが、広く浸透したのは高度経済成長期からバブル期にかけてのユースカルチャーだ。若者たちが自らの身体的な親密さを、親や教師の目を盗んで語り合うための「暗号」として機能していた。
手をつなぐことすら一大事だった時代から、キス(A)へ。そこから徐々に身体を許し合うBを経て、最終防衛ラインとしてのCへ至る。この直線的な進行モデルは、当時の若者にとってある種の「共通地図」だった。どこまで進んだかを友人に報告し、互いのスピードを競い合い、時には遅れに焦る。思春期特有の自意識と性のタブーが交差する結節点に、この3文字は鎮座していたのだ。
「順番通り」はもう古い? マッチングアプリ全盛期におけるステップの崩壊

では、現代の現実はどうか。2026年のデートカルチャーにおいて、AからB、そしてCへと進む「直線的モデル」は完全に形骸化している。マッチングアプリの普及によって、初対面でCに至ることもあれば、半年間メッセージをやり取りして手すら握らない関係もある。
「シチュエーションシップ(曖昧な関係)」という言葉が定着したように、関係性のグラデーションは無限だ。告白という儀式を経ずに身体の関係が先行し、後から感情が追いつく、あるいは追いつかないまま霧散する。順番を守ることが美徳とされた時代は終わり、個々の合意とフィーリングが優先される時代になった。階段を一段ずつ上るような恋愛観は、今や数ある選択肢の一つに過ぎない。
Z世代・α世代がショート動画で再発掘する「レトロ恋愛スラング」の奇妙な熱狂

それにもかかわらず、TikTokや各種ショート動画プラットフォームでは「ABCの法則」をネタにしたコンテンツが定期的にバズを起こしている。平成レトロや昭和歌謡のブームと軌を一にする現象だ。
若い世代にとって、この言葉はもはや生々しい性的プレッシャーを持たない。どこか記号化された、ポップで無害な「昔のゲームのルール」として映っているのだ。「うちら今どの段階?」と動画内でふざけ合うティーンエイジャーたちの姿は、かつて親世代が感じていた背徳感とはまったく無縁の場所にある。言葉の脱色と再構築。それが今起きている現象の本質だ。
忘れてはならない「同意(コンセント)」のアップデートとABCの致命的欠陥
カルチャーとしての面白がり方とは別に、ジャーナリスティックな視点で見逃せないのは、この古典的ステップ論が孕む構造的な危うさである。従来のABCモデルは、「一度Aを許せば次はB、その次はCへと進むのが自然な流れである」という暗黙の不可逆性を内包していた。
2020年代以降、日本社会でも「性的同意」の概念が急速に浸透した。不同意性交等罪の施行などを経て、2026年の今、求められているのは「段階的な自動進行」の完全な否定だ。Aに応じたからといってBに同意したわけではないし、昨日の合意が今日の合意を保証するわけでもない。アルファベットの「一方通行の進行順」という前提そのものが、現代の人権感覚やセクシュアリティの観点からは根本的な見直しを迫られている。
幻の「D」「E」そして「Z」? 時代とともに拡張された裏ステップの真実
興味深いことに、このアルファベット遊びには公式(?)の続きが存在した。80年代から90年代の巷間では、Cの先にある「D(妊娠、または別れ)」や「E(結婚、あるいは破局)」といったバリエーションが都市伝説的に語り継がれていた。
さらに一部のコミュニティでは「Z(ゴールイン=人生の伴侶、または完全な破滅)」まで割り振られていたという記録もある。若者たちがいかにして未知の領域である「大人の関係」をコード化し、ユーモアで飼いならそうとしていたかが窺える。未成熟な不安をアルファベットで覆い隠す試みは、いつの時代も若者の防衛本能だったのかもしれない。
2026年の親密さ:記号化されたアルファベットを超えて私たちが求めるもの
恋愛の形は劇的に多様化した。ポリアモリー、アセクシャル、フレンドウィズベネフィット、そしてAIパートナーとの疑似恋愛までが日常の選択肢として並ぶ2026年。もはや人間関係をわずか3つの文字で類型化することなど不可能だ。
それでも時折この言葉が浮上するのは、他者と深く結びつくプロセスの複雑さに、私たちがどこかで辟易しているからではないか。シンプルだった(ように見える)過去への憧憬。あるいは、測りきれない他者との距離感を何とか言葉で測りたいという根源的な衝動。アルファベットの檻から解き放たれた現代の私たちは今、マニュアルのない広大な海で、自分たちだけの親密さの定義を一から書き直している。 (出典: 恋 の abc とは(Yahoo!ニュース))