京都・滋賀の原風景を啜る――なぜ2026年の今、老舗「背脂醤油」の一杯に世代を超えた列が途切れないのか

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京都・滋賀の原風景を啜る――なぜ2026年の今、老舗「背脂醤油」の一杯に世代を超えた列が途切れないのか
京都・滋賀の原風景を啜る――なぜ2026年の今、老舗「背脂醤油」の一杯に世代を超えた列が途切れないのか
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🎵 京都・滋賀の原風景を啜る――なぜ2026年の今、老舗「背脂醤油」の一杯に世代を超えた列が途切れないのか

山 さん ラーメンの暖簾をくぐると、真っ先に鼻腔をくすぐるのは、どこか懐かしくも鮮烈な豚骨醤油と甘やかな背脂の香気だ。2026年、外食産業がハイエンド化と細分化を加速させ、一杯1,500円を超えるプレミアムラーメンが珍しくなくなった現代において、滋賀県守山市の幹線道路沿いにあるこの店には、昔ながらの「本物の大衆の味」を求める人々が引きも切らず押し寄せている。派手な宣伝はない。ただ実直に磨き抜かれた丼がそこにあるだけだ。

昼下がりの厨房からは、甲高い音を立てて中華鍋が踊るリズムが絶え間なく響く。常連客が席に着くなり迷わず「並と焼き飯」と告げる光景こそ、山 さん ラーメンが半世紀近くにわたって積み上げてきた絶対的な信頼の証拠だ。古き良き京都ラーメンの系譜を色濃く残しながら、時代に迎合することなく暖簾を守り続ける名店の現在地を取材した。

京都・岩倉の屋台から始まった伝説――滋賀・守山で受け継がれる原風景

その源流は、かつて京都のラーメン激戦区の一角や岩倉の地で夜な夜な客を集めていた屋台時代にまで遡る。京都のラーメン文化といえば、濃厚な鶏白湯や漆黒の醤油と並び、澄んだスープにたっぷりの背脂を浮かべる「背脂チャッチャ系」が不動の柱として君臨してきた。その黄金期を支えた職人の技と情熱が、現在の滋賀県守山市へと拠点を移した今もなお、寸分違わず息づいている。

移転から年月が経った現在でも、わざわざ名神高速や琵琶湖大橋を越えて通い詰める京都ナンバーの車は後を絶たない。世代交代が進むラーメン界において、親に連れられて訪れた子どもが、今では自らの子を連れて暖簾をくぐる。三世代にわたる常連客の存在が、この店の歴史そのものを雄弁に物語っている。

見た目を裏切る軽やかさ――背脂チャッチャ系スープと極細ストレート麺の妙

目の前に運ばれてきた丼には、雪のようにきめ細やかな背脂が一面に広がる。一見すると重量感のあるヴィジュアルに圧倒されるかもしれない。しかし、蓮華を差し入れスープを口に含んだ瞬間、その予想は見事に裏切られる。脂のしつこさは皆無で、驚くほどまろやかでキレのある後味が喉を通り抜けていくのだ。

ベースとなるのは、豚骨と鶏ガラを絶妙な火加減でじっくり煮出したクリアな清湯スープ。そこに合わせる醤油ダレの芳醇な塩気と、上質な国産豚背脂から溶け出す上質な甘みが完璧な調和を奏でる。京都特有の低加水・細ストレート麺がその旨味を過不足なく持ち上げ、シャキシャキとした九条ネギの爽快な辛みがアクセントとなって、最後の一滴まで箸を止めさせない。

主役を食う漆黒の魔力――客のほぼ全員が注文する名物「焼き飯」の秘密

ラーメン店でありながら、この店を語る上で絶対に外せないもう一つの主役が存在する。厨房のコンロで強火に煽られ、黒々とした輝きを放ちながら提供される名物の「焼き飯」だ。店内に居合わせる客の卓上を見渡せば、実に8割以上がラーメンと共にこの焼き飯の皿を並べている。

醤油の香ばしさが米粒の一粒一粒をコーティングし、パラパラでありながらもしっとりとした絶妙な水分量を保つ。刻まれたチャーシューから滲み出る濃厚な旨味と、塩気、ラードの香りが一体となったその味わいは、まさに唯一無二。添えられた紅生姜の鮮やかな酸味が重なり、背脂スープと交互に口へ運ぶ無限のループを生み出している。

2026年の原材料高騰下でも揺るがない「大衆食としてのプライド」

近年の外食産業を取り巻く環境は決して平坦ではない。飼料価格の高騰、国産豚骨やネギなどの原材料費、光熱費の上昇が続くなか、多くの飲食店が大幅な値上げやコスト削減を余儀なくされてきた。しかし、同店が何よりも重きを置くのは「日常使いできる街の食堂」としての誇りだ。

仕入れルートの見直しや仕込みの効率化など、客の見えないところで徹底した企業努力を重ねながら、ボリュームや具材の質を一切落とさない。手頃な価格でお腹いっぱい食べてもらいたいという創業当時からの哲学は、2026年の経済状況下にあっても微動だにしていない。その潔い姿勢が、地域住民の厚い支持をより強固なものにしている。

昭和・平成の熱気を今に伝える――世代を超えて愛され続けるローカルの力

SNSのタイムラインを開けば、トリュフオイルをあしらった一杯や、低温調理された美しいレアチャーシューの写真が溢れかえる。しかし、そうしたトレンドの波が激しく押し寄せては引いていく中で、人々が最終的に帰り着くのは、こうした気取らない「原点の一杯」ではないだろうか。

店内には過度なBGMもなければ、仰々しい蘊蓄を語るPOPもない。ただ湯気が立ち上り、麺をすする心地よい音と店員の威勢のいい声が交差する空間。そこには、慌ただしい日常の中で誰もが肩の力を抜き、純粋に食事の喜びに没入できる、昭和・平成の活気ある日本の食卓の風景がそのまま保存されている。

変えないために変わり続ける――老舗ラーメンが示す外食文化の未来

「昔からずっと同じ味」と常連客は笑う。だが実際には、季節ごとの気温や湿度の変化、素材の微妙なブレを職人の五感で補正し、常に「客の記憶の中にある最高の一杯」に仕立て上げる緻密な作業が日々繰り返されている。変わらない味を提供し続けることこそが、実は最も困難で高度な挑戦なのだ。

デジタル化や無人化が進む2026年の飲食業界において、人の手で火を起こし、鍋を振り、一杯ずつ熱々のスープを注ぐ愚直な営みは、もはや文化遺産に近い価値を放っている。守山の一角で今日も立ち上る白い湯気は、時代がどれほど移り変わろうとも、本物の味と温もりを求める人々の心を掴んで離さない。 (出典: 山 さん ラーメン(Yahoo!ニュース)